マッドメシア
「私は今、いじめを受けてる。それは、あの子を助けたから」
映像を撮るレンズと見込んだ彼の目を真っ直ぐ見据えながら、私は続けた。
「何が言いたいか分かる?傲慢なのよ、誰かを救いたいなんて、そんなのは全部」
英雄なんて呼ばれている未来の私に言いたいこと。
「この世に絶対的正義なんてないんだから」
そう、この世に絶対的正義はない。
正義の裏にはいつも、人間の汚い感情が蠢いてる。
「それじゃあ、結局君もただのニヒリストってことになるけど」
「マッドサイエンティストとニヒリスト、あなたはどっちが好き?」
「どっちも勘弁してほしいかな」
「だったらどうしてマッドサイエンティストなんかの言いなりになるの?」
「安らかに眠ってほしいから」
「つまり?」
「彼女が満足するまで記録を集めて、最期に安らかに眠ってほしいんだ。このままじゃ彼女はいつまで経っても眠らない」
「彼女が満足するときはくると思う?」
「分からない。分からないけど、そうするしか術がないから」
「狂ってるわね、未来の私も、あなたも」
「人間なんて、みんな狂ってるよ。そうじゃなきゃ、生きていけない生き物なんだ」
「いいこと言うじゃない、アンドロイドもどきのくせに」
「君はアレだね、たかが中学生にしては、少し言うことが生意気すぎる」
「何?疑ってるの?私もどこぞのパラレルワールドからタイムスリップしてきた偽物じゃないかって?」
「話をややこしくしないでくれる?」
「大丈夫よ。たとえそうだったとしても、記録さえ持っていけば、未来の私がちゃんと適当に処理してくれるわよ」
「そっか、それならよかった。実は俺、タイムパラドックスうんぬんについてはよく理解してないんだ」
「言っておくけれど、その辺のことは私も全く理解していないし、未来にタイムマシーンなるものが存在していることすらちょっと信じられない段階よ。だから、つまりアレよ。兎に角、なるようにしかならないわ」
「結局それ?君を見てると、不思議だよ。どうして彼女があそこまで完璧主義者になり得たのか」
「本当に愚かね。秩序は矛盾の中にしか生まれないのに」
「きっと彼女は、最も多くの人が救われるような矛盾のあり方を探してるんだよ」
「それが究極の原理?如何にも浅ましい人間の考えそうなことね」
「仕方ないよ。だって浅ましいのが人間なんだ」
「さすがいくつもの世界を記録してきただけのことはあるわね」
「ありがとう。ところで、そろそろ引き金を引かなくちゃいけないんだけど」
さっきからずっと構えられたままの拳銃を持つ彼の手に、ぐっと力が込められたのが分かった。
「私ならいつ撃たれたって構わないけど?覚悟ができてないのはあなたの方でしょ?」
彼の目からは、涙が伝っていた。
人を殺すという行為が、彼にとってどういう意味をもつのか、それを見てわずかに理解できたような気がした。
きっと、普通の、大抵の人間が持っているような倫理観を、彼もアンドロイドもどきながら少しは持ち合わせているということだろう。