月の絆~最初で最後の運命のあなた~
「まったく、よくこの状況で別の考え事が出来るな」
馬鹿にしているみたいな言葉に、彼女はカチンときた。
「だったら……引き上げてくれればいいでしょ」
「おや、逆ギレかい? 命の恩人にむかって」
そう言いながらも、見知らぬ男は笑いながらゆっくりと引き上げてくれた。
「別に助けてくれなんて、誰も頼んでないし……」
コンクリートに足が着くと、膝が震えた。
さっきの調子で笑われると身構えたが、男は気づいていたはずなのに、からかったりはしなかった。
ただ静かな目で見つめてくる。
そんな優しい瞳に耐えられず、口から出たのは悪態にも近い一言。
「何よ」
「いや……そんなに生気に溢れた子が、何でそんなところから飛び降りようとしたのかなとね」
「関係ないでしょ。人間なんて見た目じゃ判断出来ないんだから」
馬鹿馬鹿しくなってきて、彼女は階段に向かおうと男に背を向けた。
もう一度、飛び降りようという気分にはならない。
それに、また男が止めるだろうということは、考えなくても分かる。
違うマンションか、別の方法を考えようと一歩を踏み出した瞬間――手首を掴まれた。
「なら、その命――僕が買おうかな」
剥き出しの手首に肌と肌が触れて、はじめて男の手が冷たいことに気がついた。