ストロベリー・キス
でも今日は何かが違った。
いつもは荷物が少ない徹兄なのに、何泊かの旅行にでも行くのかスーツケースに大きなボストンバッグまでが置いてある。
「徹兄、社員旅行でも行くの?」
「社員旅行? あぁ、あの荷物のことか。違うよ」
そう言うと荷物が置いてあるところまで行き、それらを全部車の後部座席に積み込んだ。
「社員旅行じゃなきゃ、何? 会社に寝泊まりでもするの?」
確か前に聞いたことがあったような。年末仕事が立て込むと、何日も帰ってこれないことがあるって。
それにしても、この量は多くないか。腕組をしてひとりいろいろと考えていると、いきなり眉間に徹兄の指が当たった。
「シワ寄ってる。俺のことが、そんなに気になる?」
そう言って私を見つめる瞳は、まるで私の気持ちを知っているかのように意地悪く光っていて。
このまま目を合わせていると『好き』と口走ってしまいそうで、パッと目を逸らした。
「き、気になるっていうか、いつもと違うから……」
大好きな徹兄のことだから、気になるに決まってる。
今までにも何度か徹兄から女性の影を感じたことがあった。徹兄だってもう28歳のいい大人だ。今までに付き合った女性が、ひとりやふたりいたっておかしくない。
そんなこと、考えるだけでも嫌だけれど。
今回のこの荷物も女性が絡んでいそうで、これ以上は聞けない。
もし聞いて徹兄の口から「彼女と……」なんて言葉が返ってきたら、もう立ち直れないかもしれない。
だって今日は、クリスマスなんだから───
「美玖は今年のクリスマスも、家族と過ごすんだよな?」
「そうだけど、なんか文句ある?」
だったら徹兄が付き合ってよ……って言えたらいいのに。
私の気持ちなんて知らない徹兄は、「じゃあな」と手を振って車に乗り込むと笑顔を残して行ってしまった。