にゃんこ男子は鉄壁を崩す
音がしなくなったので私は仁衣菜ちゃんの方を振り向いた。仁衣菜ちゃんの手元は止まり、床に視線を落としている。
「由比子さん……ちょっといいですか」
「……はい、ちょっと待ってて…………いいわよ。どうしたの、仁衣菜ちゃん」
大体、話の内容は予想がつく。昨日のことならプライベートなことなので本来なら仕事中にしたくない話なのだけど。昨日の出来事には私が飲みすぎてしまったという責任もある。だから、今日のところは大目に見ることにした。
私は日毎の売上が記されたファイルを仕舞って仁衣菜ちゃんに向き直った。仁衣菜ちゃんは床を見つめたままだ。
「あの……小宮さんと由比子さんはどういう関係なんですか」
「どういうって……どういうも何も昨日、彼が言った通り。タダのお隣さんよ」
仁衣菜ちゃんは『タダのお隣さん』という言葉に過敏に反応した。そして仁衣菜ちゃんが顔を上げたら、泣きそうな顔をしていた。その彼女の言葉に度肝を抜かれる。
「嘘です!」
「へ? はぁ?」
思いもよらなかった彼女の言葉に私はあんぐり、と口を開けてしまう。だけど、尻すぼみに声が小さくなる彼女の声に私も何故か鼻の奥がツンと痛くなった。
「だって、二人共そんな感じじゃなかったですもん……」
「……どういう感じならお隣さんらしいのかしら」
「普通は酔っ払ったからって言って腰抱いて一緒に帰ったり、しません……」
「……気をつけるわ。これでいい?」
恋敵相手だと尚更素直になれないらしい、私は。自分の言葉を頭の中で反芻するととても可愛くない女だと自分自身に苦笑する。