にゃんこ男子は鉄壁を崩す

ビーグル犬はお節介にゃんこの彼は……

火伊side


 俺は由比子さんが小宮さんに『好き』と言えない、と漏らしているのを聞いて、ここは一肌脱ごうと決めた。好きな女のためというよりは、早くくっつくなり、離れるなりしてくれないと自分の中でも踏ん切りがつかないからだ。




 由比子さんは『絶対言わないでね』なんて言ってたけど、焦れったくて見てられない、というのが正直な俺の気持ち。きっぱりすっきりしてほしいのは、もしかしたら、まだ望みを捨てきれていないのかな、なんて自嘲する。




 松川工房は今日も穏やかな時間が流れていた。裁断する音にミシンの音。時折、聞こえる優しい松川先生の声。優しい声とは裏腹に実は商品の出来上がりにはとてつもなく厳しい。




 松川先生が小宮さんに話しかけているのを後ろから見ていた。




「ミィコくん、ミィコくん」

 小宮さんは工房では『ミィコ』と呼ばれている。どこをどうしたらミィコになるのかわからないが、苗字からきているらしい。松川先生が小宮さんが仕上げた鞄を手に彼の横に立っている。



「はい」と言ってその場に立った小宮さんに説明を始める松川先生。どうやら、縫製が雑だと注意している。遠目から見れば、どこから見ても立派な鞄にしか見えないが、松川先生なりのこだわりがあるのだろう。




 小宮さんも真剣に聞いていた。モノを創り上げるということが苦手な俺にとっては考えられない。一生懸命に作り上げたものに何度も何度もダメだしをされても嫌な顔ひとつせず、文句も言わず、只管作品と向き合う彼らの職人肌の気質には真似できないな、と心底思うのであった。



 一先ず、ひと段落したところで小宮さんに声を掛けた。周囲も雑談モードに入ったので俺も話しかけやすくなったから。


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