にゃんこ男子は鉄壁を崩す
「えと、あの! 間違った!」
「間違った?」
怪訝な表情をする彼に私は言う。
「うん。小宮さんて呼ぶつもりだったから」
「あ、そ。じゃ、帰っちゃうの?」
可愛く首を傾げるとお風呂に入ったばかりだと思われる茶色の髪が垂れる。彼からはココアの甘い香りじゃなくて石鹸のいい香りがした。匂いを嗅いでしまった自分に何故か照れる。
「もッ! 勿論、帰りますよ!」
「マフラーは?」
「あッ! えっと!……」
「じゃ、さ。明日、仕事一緒に行こうよ。その時返して」
マフラーを忘れたのは私だし、嫌だと言える立場にない。だから「ハイ」と答えた。
「やっぱり上がってく?」
からかうような彼の態度は恋愛偏差値の低い私にはかなり堪える。顔がイケメンだと尚更だ。悔しいけど私の顔は真っ赤っかに違いない。だって顔が熱いもの。
「帰ります!」
小さな鍋を彼に押し付けてドアを閉めようとすると彼がふわっと笑っていて手を振っている。私は困惑気味に『失礼しました』と言って自分の部屋に戻った。鍋……一人で鍋はやっぱりつまんないな。美味しいけどあったかな会話や雰囲気がない。私はただ、一人寂しく鍋をつついた。
疲れている自分を感じると、ミィコ小宮の言うことが正しいのならば、やっぱり、ツンツンだけじゃなくてデレも必要なのかもしれない、と思った。