気になるあの子はまひろちゃん。
まひろ。
そんなふうに呼ばれたあの子を見かけたのは、1階の理科室への移動教室の途中だった。
「涼(りょう)ー!
チャイム鳴っちゃうって、早く早く‼」
「わかってるよ。
……あれ、裕一(ゆういち)教科書は?」
「え?
何言ってんの涼、俺ちゃんと持って来て……なあぁぁい‼
教室に忘れたあぁぁー‼
取ってくるから待ってて!」
落ち着きなくそう叫ぶと、ばたばたと騒がしく今歩いて来たばかりの廊下を駆け戻って行く裕一。
1日1忘れ物が当たり前の友人の背中に苦笑しながら、裕一が走って行った方向とは反対側にのびる廊下に何の気なしに視線を転じた。
と。
……そういえば、1階の理科室はあの子の方の校舎の階段からしか行けないんだったなと思いだしたのは、
俺の教室がある北校舎とあの子の教室がある南校舎、
その2つの校舎を繋いでいる渡り廊下の中央部で突っ立っている俺の視線の先に、いつもつけているヘッドフォンを首に下げ、友達と思われる女子と笑顔で喋っている__
あの子がいたから。