もうひとつの偽聖夜

 やおちん――宮本真司(みやもとしんじ)。

 この商店街の八百屋の後継ぎでもあるこの男は、それを嫌い、高校を卒業すると同時にうちを飛び出しやがったアクティブ野郎だ。

――あの八百屋のオヤジ、俺にどうのこうのいちゃもんつける前に、てめえーのバカ息子をどうにかしろってんだ!
 
 と、赤提灯の灯り始めた飲み屋街の路地を背中に、目に付いたゴミ箱にドカっと座りこんだ俺は、スマホを取り出し、イライラとやおちんの名前を探し出す。
 それでも、

「ったく、また追い出されたのか?仕方ねえ野郎だな、勝手にやってろよ。鍵はいつもんとこだ」

 スマホの向こうの聞きなれたやおちんの声に、不覚にも癒されそうになった俺がいた。

「わりいな、やおちん。で、おまえ今日は何時にご帰宅だ?」
「今日は、深夜バイトはねえから、そうだな、7時には戻れるんじゃねえか?」
「7時な?じゃ、あと二時間ほどだな」

 五時開店の居酒屋の大将が、ちょうど暖簾を出しに表に出てきた様子が目に入る。

「じゃあ、それまで、DVDでも観ながらくつろがせてもらうぜ」
「おうよ!……ってか、てめえ!封の開いてねえエロDVDはまだ観るんじゃねえぞ!あれは…」

 俺は、やおちんの声を最後まで聴き遂げることなく、スマホをポケットにしまい、やおちんのアパートへと足早に向かった。


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