夏月一会

ふと、本棚に目がいった。

本棚といっても、本という本はなくて、その代わりに入っていたのは、何十冊ものスケッチブックだった。


凪がこんなにも絵を描いていたということは、初めて知った。

私は、その中の一冊を手にとって、表紙を捲った。


このスケッチブックは、凪が絵を描き始めた時のだろうか。
線がぎこちなくて上手くバランスが取れていない、未熟な絵ばかりだった。

あの凪も、初めから絵が上手かったわけじゃないと思うと、何だか微笑ましかった。


スケッチブックを本棚に戻し、私は、並んだスケッチブックのリングに手を触れた。


これらは、凪が確かに生きてきたという証のように思えた。



(まだ描ききれてないんだ)



ふと、あの時のことを思い出した。


凪が絶対に見せてくれなかった、あの赤い表紙のスケッチブックのことを……


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