夏月一会

凪には、特技があった。



それを知ったのは、私が初めて凪の部屋に入った日のことだった。



天気もいいことだし、凪自身はやろうとしないだろうから、私は凪の布団を干してやろうを思って、部屋に行った。




ほんの少し緊張しながら、部屋のドアをノックしながら声をかけた。

「凪君。入っていい?」



返事はなかった。

もう一度、ドアをノックしてみる。



「凪君?入るよ?」

それでもやっぱり返事はなく、私はドアを開けた。



「あれ…?」


部屋の中には、誰もいなかった。


バルコニーに出る窓が開け放れているままで、そこから静かに風が流れ込んでくるだけだった。


凪の部屋は、私が使っている部屋より広かった。

その中に、ベッド、机、本棚があるだけで、他に無駄なものは何もない、白い印象の部屋だった。



私は、ここには一度も掃除しに入ったことはない。
それでも綺麗だった。


凪は、一日中部屋に籠もりっぱなしだから、ここだけは汚れないようにしていたらしい。



確かに、ずっとここにいれば、私がこの家にきた時のような有様でも、そんなに気にする必要はなかったのかもしれない。


私は勝手に布団を干していいものかと思いながら、ベッドの傍らに立った。


すると、ベッドの上にスケッチブックが置いてあるのに気がついた。


私は何気なく、それを手に取り、表紙を開いた。



そこには、絵が描かれていた。


黒の鉛筆での風景のデッサンで、私はそれに目を奪われてしまった。


.
< 12 / 121 >

この作品をシェア

pagetop