夏月一会
凪には、特技があった。
それを知ったのは、私が初めて凪の部屋に入った日のことだった。
天気もいいことだし、凪自身はやろうとしないだろうから、私は凪の布団を干してやろうを思って、部屋に行った。
ほんの少し緊張しながら、部屋のドアをノックしながら声をかけた。
「凪君。入っていい?」
返事はなかった。
もう一度、ドアをノックしてみる。
「凪君?入るよ?」
それでもやっぱり返事はなく、私はドアを開けた。
「あれ…?」
部屋の中には、誰もいなかった。
バルコニーに出る窓が開け放れているままで、そこから静かに風が流れ込んでくるだけだった。
凪の部屋は、私が使っている部屋より広かった。
その中に、ベッド、机、本棚があるだけで、他に無駄なものは何もない、白い印象の部屋だった。
私は、ここには一度も掃除しに入ったことはない。
それでも綺麗だった。
凪は、一日中部屋に籠もりっぱなしだから、ここだけは汚れないようにしていたらしい。
確かに、ずっとここにいれば、私がこの家にきた時のような有様でも、そんなに気にする必要はなかったのかもしれない。
私は勝手に布団を干していいものかと思いながら、ベッドの傍らに立った。
すると、ベッドの上にスケッチブックが置いてあるのに気がついた。
私は何気なく、それを手に取り、表紙を開いた。
そこには、絵が描かれていた。
黒の鉛筆での風景のデッサンで、私はそれに目を奪われてしまった。
.