夏月一会
「毎日これを描いてたの?」
「うん。ここからの景色はきれいだろ?だから形に残しておきたいと思って」
凪は景色を見つめたまま言った。
「それで絵なの?写真の方が早いじゃない」
「そうだけどね、もともと暇つぶしのつもりで始めたことだから。写真だったら撮るのは一瞬で終わっちゃうだろ?だからあえて時間をかけて描くことにしたんだ。それに…」
凪は、景色に向かって手を伸ばした。
「自分の手で描いてると、直に触れてるように感じるんだ。実際には手の届かないような、遠くのものでも…」
目を細めて、キラキラと太陽の光に輝く景色を見ながら話す凪の表情は、そこにある自然と同じように、生き生きとしていた。
初めて、そんな凪の表情を見た。
「楽しい?」
そう聞くと、凪は、
「うん」
とだけ言って頷いた。
凪の好きなものは、ここから見える景色。
凪の好きなことは、その景色を描くこと。
凪は、絵が上手い。
凪のことを知って、私はほんの少し、凪の近くに来れた気がした。
そうなると、もっと凪のことを知りたいと思っていた。
どうしてかはまだ、よく分からない……
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