夏月一会
「挨拶は済んだか」
ソファーの上座に座り、今まで黙っていた先代が口を開いた。
「三人とも、そこに座りなさい」
そう言われ、浩司は座っていた場所に座り直し、慶一と遥はその向かいに座った。
暫くの間、その空間を包んでいたのは、沈黙と、言い知れない恐怖だった。
この先に起きることを分かっているわけではないのに、恐怖だけは感じていた。
「浩司」
不意に先代が呼んだのは、その名だった。
「は…はい」
浩司は恐縮しながら返事をした。
「お前のこれまでの勝手だが……なかったことにしてやる」
「え……?」
浩司は思わず声をあげた。
浩司だけでなく、慶一も声をあげそうなほど驚いていた。
それほどまで、先代の言葉は意外なものだった。
「聞こえなかったのか?お前の勝手な行動を赦してやると言ったんだ」
念を押すように先代は言った。
しかし、今になって赦すというのはおかしな話だ。
なぜいきなり、こんな場で言い出すのか……
「だが、条件がある」
重々しく、先代は続ける。
「浩司。お前が松本家の跡取りを残せ」
先代の言葉に、慶一と遥も反応した。
「それは……どういう……」
浩司はただわけが分からず、先代に尋ねた。
「……慶一は、子供ができにくいということが分かった。このままでは松本家の存続に関わる。そこで……」
先代は一瞬遥に目をやり、浩司の方を見た。
「浩司。お前は慶一の妻、遥と子供を作れ」
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