婚カチュ。
課長に仕事を押し付けられたあの夜、電気が落ちたフロアで、彼は普段からは想像もつかない切羽詰った雰囲気を漂わせていた。
「ね、松坂って彼女いたよね」
「ぶっ」
彼が口をつけていたグラスから黄金色の液体が飛び散る。
「ちょ、なにしてんの」
かなり勢いよく噴いたのだろう、噎せている彼の口元から零れ落ちたビールがニットとデニムを濡らしている。
テーブルのおしぼりを取って松坂に渡し、自分のかばんからもハンカチを取り出した。
口元を拭っている松坂を手伝って、ハンカチで彼の服を叩く。
「あーもう、シミになんないといいけど。本当は裏に布を当てて――」
「せ、先輩」
「え?」
呼びかけられて顔を上げると、至近距離に松坂の顔があった。