婚カチュ。


薄く青みがかっていた景色が、太陽が昇るごとにはっきりとした輪郭を取り戻していく。


「いいえ、先輩はもう帰って寝てください」

「でも」

「どうせネカフェ行ったって寝るだけなんだから。それともカップル用の個室にでも入る気ですか?」
 

正直に言うとわたしはネットカフェを利用したことがない。
松坂の言葉になぜか布団が2組敷かれた個室を思い描いて息を呑んだ。


「……わかった、帰る。ごめん」
 

飲み終わったコーヒーの缶をゴミ箱に捨ててベンチのかばんを拾い上げ、ポケットに両手を突っ込んで立っている松坂に歩み寄る。


「あの、ありがとう来てくれて。助かった」
 

広瀬さんと桜田さんが乗ったタクシーを見送って、わたしは寂しくてたまらなかった。

ひとりでいるのがつらかった。
自宅に帰るためにタクシーを呼び止めようにも、気力が湧かなかったのだ。


松坂は、たしかにタイミングがよかった。
わたしにとっても。
 

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