婚カチュ。


「あ、すみません。大丈夫で――」
 

顔を向けた瞬間、相手のほうが大丈夫ではないことに気付く。
かばんからハンカチを取り出して、となりの彼に手渡した。


「戸田さん、また泣いてるんですか」

「……いやだな、泣いてませんよ」

 
声を震わせながらハンカチを受け取ったくせに、よく言う。
 

エンドロールが流れ終わって館内が明るくなると、観客は群れをなして出口に降りていった。
最後列の真ん中に座ったまま、わたしは戸田さんの涙が落ち着くのを待つ。
 

今日は映画の選択を完全に間違った。
おもしろそうな作品がなくて、無難に動物モノを選んだのがそもそもの誤りだったらしい。ほのぼのした作品なのに、戸田さんには刺激が強すぎたようだ。
 

普段の堂々とした振る舞いからは想像がつかないけれど、彼は極端なほどの感動屋だった。
こんなに涙腺が弱いんじゃ法廷で泣きっぱなしなんじゃないかと心配になる。


「戸田さん、今度、尋問してるとこ見にいってもいいですか?」
 

裁判所なんて行ったことがないから、一度足を運んでみたい。

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