婚カチュ。


胸を弾ませながら訊くわたしに、彼は両手で顔を覆ったまま首を振った。


「だめです」 

「ええ、なんでですか」
 

声をとがらすと、彼は指の隙間からわたしをちらりと覗いた。 


「緊張する」
 

そんなひと言に、なぜだか和んでしまう。


「そんなふうに弱く見せておいて、相手を油断させるんでしょう」
 

意地悪く言うと、彼は片方の眉を持ち上げ、頬の筋肉を緩めた。


「それも作戦のうちです」

 



休日出勤もしょっちゅうの戸田さんはとても忙しいひとだ。
また倒れられたらたまらないので小包のチョコレートをいくつかかばんに入れてきたけれど、今日は調子がいいらしく、顔色も悪くない。

それでもデートの時間は限られていた。


「二ノ宮さん、ハンカチ、買いにいこう」
 

映画館を出ると、彼は私の肩を叩いた。


「ずいぶん汚してしまったので、お詫びにプレゼントするよ」


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