婚カチュ。
明かりがついているのはわかるけれど、中の様子まではわからない。
空が暗くなるにつれて雨脚が強まり、気温も下がりはじめている。
「……帰ろ」
駅のほうへ戻ろうとからだを反転させたとき、テナントビルから出てくる男性が目に入った。
彼は雨雲の流れを確かめるように空を仰ぎ、通りの反対側にいるわたしに気付く。
「先輩!」
遠くからわたしを見つけたレオのように黒目に喜びと寂しさを映して、松坂が駆け寄ってきた。
その人好きのする顔がすぐさま雨に打たれる。
「ちょっと、濡れるよ」
折り畳み傘を差しかけたとき、柄を握っていた手を松坂の大きな右手につかまれた。
「ちょ」
「先輩、戸田さんとの交際を解消してください」
真剣な瞳に見下ろされ、なにも言えなくなる。
小さな折り畳み傘は松坂の力でわたしの上空に押し戻され、打ち付ける雨が後輩の全身をみるみる濡らしていく。
「松坂」
「俺、本気なんです。先輩を――」
切羽詰った声が一瞬、遠くなる。