婚カチュ。


視界の端にビルの自動ドアをくぐって出てくる男女の姿が映った。

美しき女社長と、それに引けを取らない美貌を持ったアドバイザー。
あのふたりが並ぶと、まるでそこにだけ光が灯ったように周囲の色も音も真っ黒な深い闇に沈んでしまう。
 
彼らは短く言葉を交わし、ふいに笑みを咲かせた彼女が彼に飛びついて頬にキスをした。

頭に焼きつけられる光景だった。

どこまでも真っ白な布の真ん中に、じゅっと音を立てて無残に焦げつく。
 
通りの向こうからやってきたハイヤーがふたりを隠すようにビルの前に止まる。白い車体のそれが走り出すと、通りには彼だけが残されていた。その切れ長の目が、ふとこちらを見る。


「先輩? 聞いてますか」
 

松坂の声にはっとする。
彼の背中越し、通りの向こう側で起きた出来事は、まるで映画のワンシーンのようにわたしの意識を奪っていた。

松坂の表情に意識が戻ると同時につかまれた右手の感触を思い出す。
 

ごめん、と言おうとしたのに、声が出なかった。喉が痙攣したように掠れた吐息しか出てこない。

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