婚カチュ。
「なにしてるんですか」
よく通る低い声が、松坂の背後から響いた。
すっかり耳が覚えてしまっている、広瀬さんの凛とした冷たい声音だ。
「あんた、アドバイザーの」
振り向いた後輩がわずかに眉をくもらせる。広瀬さんは手にしていたビニール傘を差し出した。
「松坂さん 風邪引きますよ」
そう言った彼の視線が一点を見る。わたしの手が松坂に握られていることに気付くと、疲れたように吐息を漏らした。
「松坂さん、何度も説明してますが、二ノ宮さんはすでに戸田さんとお付き合いをされてるんです。接触は控えてください」
突き放すような口調に、苦いものが込み上げた。
いったいどの口がそんなことを言うのだろう。
わたしの気持ちを知っているくせに。
「いいんです」
つぶやくと広瀬さんがわたしを見た。
何を考えているのか分からない鋼鉄の無表情に、苛立ちが募っていく。