婚カチュ。
まるで舞踏会の王子様だ。
ぼくと踊っていただけませんか。
うつくしい顔で相手を見つめ、まっすぐに手を伸ばす。
でもわたしは知っていた。
その手をとっても、わたしは広瀬さんのシンデレラにはなれない。
口を結んだまま、差し出された手を避けるようにわたしは松坂のシャツをつかんだ。
「……先輩?」
雨は降り続いていた。
川の流れにも似た雨音があたりを覆い、視界を白く霞ませる。
広瀬さんはなにかを訴えるように黒目を揺らし、差し出した右手をさらに伸ばした。
「二ノ宮さん」
わたしは目をつぶった。
広瀬さんの頬にはかすかにラメの跡が付いている。彼女の唇を受け取った証だ。
「行こう、松坂」
「えっ」
後輩のシャツを引っ張ったまま、わたしはラブホテルに足を向けた。