婚カチュ。


「二ノ宮さん! あなたには戸田さんがいるでしょう!」
 

そんな彼の声を無視して、わたしは足を踏み出す。


「紫衣さん!」
 

広瀬さんの声がわたしの名を呼ぶ。思わず足を止めてしまった。


「俺のことが、好きなんですよね!?」 
 

唇が震える。

なんてひどい男だ。
 

それに答えることに、何の意味があるっていうんだろう。
 

すがるように松坂にしがみついたまま、わたしは振り向いた。
 
視界はにじんでいた。

彼の端正な顔も、ぼやけてよく見えない。

それでも、広瀬さんを見つめて噛み締めるようにつぶやいた。



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