婚カチュ。
大人になればなるほど、本当の気持ちは言えなくなると松坂は言った。
でも、それこそが大人というものなのかもしれないとわたしは思う。
感情を封印して、理性的に振舞うことこそが。
だったらわたしもそろそろ大人になるべきかもしれない。
言いたいことを我慢せずに言ってしまうこの性格はお世辞にも大人の女とは言えないだろう。
わたしはもうすぐ、30歳を迎えるのだ。
ベッドから起き上がり、枕元の電話を手に取った。
29年間すごしてきた部屋には自分ではわからないくらいわたしの匂いが染みついている。
でも、いつまでもこの部屋に馴染んでいるわけにはいかない。
あたらしく安らげる場所を、自分で築かなければならない。
スマホを操作して着信履歴から彼の番号を呼び出す。
耳に当てた硬い端末から呼び出し音が響き、「はい」と応答する声が聞こえた。