婚カチュ。
「いるんだけど……なんか智也くん、今日は全然使い物にならないのよ」
「え?」
スタッフルームのほうから「社長、お電話です」という女性スタッフの声が聞こえてくる。
桜田さんはドアの外に顔を出し「今行くわ」と声をかけた。
「ごめんね紫衣ちゃん、すぐ智也くんを来させるから」
そう言って、フロアを駆けていった。
それからどれくらい座っていただろうか。
広瀬さんは一向に姿を現さず、わたしは何度も腕時計を確認してため息をついた。
ぼうっとしていることにも疲れて窓の外を眺める。
暮れかけた空の前に巨大なオフィスビルがいくつも並んでいた。どの窓にもだいたい明かりが灯っていて、みんな働き者だなと他人事のように感心してしまう。
ついさっきまでそれらの窓の中にわたしもいたというのに。
方角が違うせいか、会社のフロアよりも階数が低いせいか、ここからはスカイツリーを望むことができなかった。
アスファルトを流れる人や車の流れを見るともなしに見ていると、足音が聞こえて、わたしは振り向いた。