婚カチュ。


広瀬さんはゆっくりと姿勢を正し、咳払いをしてわたしのほうを向いた。切れ長の二重まぶたの目はどこか虚ろで焦点が合っていないように思える。


「今日は、なにか」
 

投げやりな口調で言う。およそアドバイザーとは思えない、やる気がまったくうかがえない声だった。
わたしは唖然としてしまった。


「あの、どうかしたんですか」
 

そう尋ねると、彼は歪んだ笑みを浮かべた。


「なにがですか」
 

目元が笑っていなかった。頬に浮かぶほくろが小刻みに震えている。


「……なんで怒ってるんですか」

「怒ってませんよ、べつに」

「怒ってるじゃないですか」
 

この面談室で、さんざん怒られてきたわたしは知っている。
いまの広瀬さんの表情が怒りをこらえているときの顔だということを。 
 

無言でにらみ合うようにお互いの顔を見つめる。

しばらくして、広瀬さんのほうが目を逸らした。
窓の外の夜のとばりに包まれていく街並みをぼうっと眺め、ぽつりと言う。

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