婚カチュ。


狭い部屋のなかで音を刻むのは時計の針だけだ。
階下から母親が見ているテレビの音がかすかに聞こえてくる。

となりの蒼(あお)の部屋からは物音ひとつ聞こえなかった。たぶん今日も院の研究室にこもりっきりなのだろう。

理系大学院の博士課程に通う弟は、ここのところ忙しいらしく、2週間近く顔を合わせていない。


わたしも蒼もお父さん似だ。

思ったことはすぐに口にするくせに、笑うために使う表情筋が死滅でもしているんじゃないかと思うほど、めったに表情を崩さない。


愛想がない。世渡りが下手。

常に笑顔を絶やさない母から、父親とわたしたち姉弟はいつもからかわれていた。
それでもたぶん、世間一般的に考えて仲が良い家族だと思う。

母はうまく父親を転がしているし、ともすれば陰気になりがちな家の空気も、よく笑う彼女とレオのおかげで明るくやわらかだった。



< 95 / 260 >

この作品をシェア

pagetop