婚カチュ。
食卓のドアを開けると、食欲をそそる匂いに胃袋が反応した。
豚のしょうが焼きに五目煮とごはんにお味噌汁、ひとり分の食事がテーブルに用意されている。
料理ができないわけじゃないけれど、こうやって毎日食事を用意してくれる存在がいるというのはありがたいものだ。
いつだか夕飯作りが面倒くさいと言っていた希和子を思い浮かべながら、アイロン台に向かっている母の背中に話しかける。
「ねえお母さん、蒼は?」
テレビを見て笑っていた母親が、崩した表情のままこちらを向いた。
「ああ、蒼くんはいま泊り込みの研究だって」
「え、2週間も?」
「昼間に何度か帰ってきてるわよ。紫衣ちゃんとは時間帯が合わないのよ」
「ふうん」
4つ年下の蒼は姉の贔屓目に見てもまあまあ可愛い顔をしている。にもかかわらず人付き合いが下手で、誰かと遊んだり飲み会に行くよりも実験や研究が好きだという根っからの研究者肌だった。
ひとつの物事をじっくり突き詰めていきたいという気質は、航空整備士である父親の血かもしれない。
そこまで考えて、わたしははっとした。