聖なる夜の願いごと


「今日は午後からブラントン男爵のところへお出かけになるのでは?馬車が表に出ていましたよ」

ウィルの言葉に頬に集まった熱が一気に引いた。

見る見るうちに青ざめた表情になるエレナにウィルは慌てて「大丈夫です」と優しく声をかける。



「確か二時からでしたよね。王宮からブラントン男爵の屋敷までは馬車で二十分ですから十分間に合います」

「よかった…」

エレナの口から思わず安堵の言葉が漏れる。

ブラントン男爵はアルスター家の遠い親戚で、エレナがアルスター家の一員になってから良くしてくれている。

王族になると国を代表して様々な人と会い、上手く立ち回ることが要求される。

生まれは侯爵家だったものの、人生の半数が監禁生活だったエレナにとって世間の常識はおろか社交界の常識など分かるはずもない。

かといってシルバから教わるようなものでもないのだ。

男と女では社交界での付き合い方が違うのだから。

特に女にとっての社交界は重要で、社交界で上手く立ち回らなければ陰口を叩かれるのはもちろんのこと、その家全体の心象が悪くなるというのだから下手なことはできない。

ましてやエレナはアーク国の王妃であり、国を背負っている立場にあり、もしエレナが何かミスをすれば標的にされることは間違いないだろう。

シルバとエレナの結婚をよく思っていない人たちにとってはエレナのミスは格好の話題にしか聞こえず、小さなミスでも誇張され社交界に広がることもあるだろう。



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