ある日のできごと
「そんなことないですよ」
私があまり通らない声でそう言うと、男性は「またまたー」と笑いながら、手に持ったクリアファイルで自分の頬を軽く扇ぐ。
「美人だってよく言われない?
彼氏とかいるっしょ?」
「言われませんし、いませんよ……」
そんな会話を私たちがしている間に、次々と綺麗でケバいお姉さん達が横を素通りして行く。
キャッチならああいう人たちに声を掛ければ良いのにと、内心思ってしまう。
どうして私なのだろう。
脱がせ易いからだろうか。
私が視線を泳がせていると、男性は気付いたように言った。
「君、もしかして高校生!?」
そう言われ、私は反射的に頷いた。
「うわああああ、ごめんね!ごめんね、ほんと!」
男性は突然大きな声を上げると、勢いよく立ち上がった。
セーラー服を着ているのだし、スクールバッグだって持っているのだから、最初から分かっているものだとばかり思っていた。
どうして今まで気付かなかったのだろうかと、彼に対して疑問を抱きながらも、私は首を左右へと振った。
大丈夫です、という意味を込めて。
「あまりにも綺麗だったから、20代かと思っていたよ!
本当にごめんね!」
そう言うと彼は、腕時計もブレスレットも巻かれていない左腕へ、スッと視線を落とした。
彼の唇が小さく動き、何か言葉を溢した気がした。