倫敦市の人々
右手首に金の懐中時計を一つ巻き付け、胸元には時が止まったままの銀の懐中時計を一つ。

銀の懐中時計を再び動かす事を惜しむほどに、アイヴィーにとってはその『最愛との邂逅時』は狂おしいまでの時だった。

眼下、時計台の下を、今日も人間達が蠢く。

何と取るに足りない者達か。

八つ裂きにして尚、その血にすら価値の見出せない者達よ。

一度この背中に、そんな取るに足りない者が傷をつけた事があった。

どうすればこの苛つきが鎮まるのだろうと、戯れに人一人を屠ろうとも考えたが…。

「そんな取るに足りない者を葬る事さえ、君は止めてくれた…有象無象しかいない世界で見つけた唯一。ゴミ溜めの中の花よ。僕がこの手を血に染める事を、君は心から愁いでくれる…こんな血に彩られた長き生を送る僕にさえ…愛おしい…何と愛おしい事か…」

胸元の銀の懐中時計を握り締め、アイヴィーは時計部屋に吹き込む風に吹かれる。

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