いとしいこどもたちに祝福を【後編】
「――日頃の疲れが一気に出たんでしょうな。衰弱しておられるが、暫く安静になさっていれば回復されるでしょう。元々丈夫なお方ですからね、すぐ良くなりますよ」

そう医師から笑顔で告げられ、陸は愛梨と同時に大きく息をついた。

周が子供の頃から担当しているというこの老医師は、父の性分を理解してか苦笑いを浮かべた。

「この方は根が真面目ですから、どうもご自身にご無理を強いてしまわれる節があるのです。私が以前に呼ばれたときもそうでした」

「前、に…?」

「…周様は先代様の跡を継がれた直後に、何もかも放棄されかけたことがあったのです。もしかすると…そのことをまだ気に病まれておられるのかも知れません」

周は、京が生まれてすぐに前妻を失い、程なくして先代に当たる祖母も病で亡くしている。

頼れる親族は殆ど居らず、支えてくれる兄弟もいない。

もしも同じ状況だったら、自分は父のように立ち直れただろうか。

多くの国民から慕われたと名高い先代と、負けず劣らずの人望の厚い領主に今は成り得たのに、父はそれでもまだ自責の念に駆られているのか。

「俺は一度、みんなを見捨てたから」

「…兄さん?」

診察の間、ずっと押し黙っていた京が不意に口を開いた。

「僕が休むように言うと、父さんは必ずそう言うんだ。“国を守ることも父親であることも、全部捨てて逃げようとしたから。だから此処で立ち止まったら、またあのときの俺に戻ってしまいそうで怖いんだ”って…」

これまでに見たこともないくらいに、京の表情や声色は弱々しかった。

「僕はそう言われると、それ以上何も言えなかった」

「京くん」

愛梨が心配げに京を見つめる。
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