揺れて恋は美しく
馴染みのバーでは真剣な面持ちで話す瀬野に、美沙は少し驚いたように尋ねていた。

「会社、潰れちゃうんですか?」

「いや、そこまでのダメージではないよ。ただ、何かしらの手は打たないと駄目だろうね」

「そうですか。それで、桐島君も精神的に疲れて」

「まぁ、気にはしてるだろうね。だけど、いや、だからこそか。本当に蒼太を悩ませているのは、お見合いの話しなんだ」

「お見合いって…。桐島君が?」

「ああ。相手も日本屈指の財団とあって、生半可な返事は許されないんだ。そして、そこにきての度重なる問題」

「桐島君は、会社の為に?」

「悪く言えばそう、犠牲になる。だけど蒼太は受け入れるつもりみたいだ。以前の彼ならともかく、今の蒼太ならそれも分かる気がする」

「どうして…。私はどうなるんですか? 私の気持ちは?」

「勿論、考えているさ。だから蒼太は心身ともに疲れて、簡単に風邪なんかに」

「…でも、それじゃあ。何で告白なんか…」

「恐らく。一つの、賭けだったのかも知れないな」

「賭け?」

「上手くいけば、家族を裏切ってでも君を取る。上手くいかなければ、君を諦めてお見合いをする」

「そんな…」

「あの時僕は、蒼太は悩む君の事を考え、リセットしようと言ったんだと思っていた。だが今考えると、あれは正真正銘、本当の意味でのリセットだったんだ」

「全部、忘れる為に…。でも、でも桐島君はやり直そうって! もう一度、友達から…。…友達…」

「…美沙」

「私、勘違いしてた…。彼と一緒の時間が増えるに連れて、私の中の迷いもいつの間にか無くなってきて。多分、このままいつか、自然と私達は付き合うんだろうなぁ、て。本気でそう思ってた。…そう思ってる事が、なんか、嬉しかったのに…」

それがどれ程の想いなのかは、感極まり溢れる涙で分かる。だが美沙はそれを嫌うように、一生懸命に涙を拭く。そして少しの沈黙の後、悲しむ美沙を静かに見守っていた瀬野が、重い口を開く。

「…まだ、間に合う」

「何がですか? 無責任な事言わないで下さいよ。桐島君が決めたんなら、私にはどうする事も出来ないでしょ? …どんなに、好きだったとしても」

瀬野は困惑した顔を更に歪ませると、突然に髪型がぐしゃぐしゃになる程に頭をかき回し言った。

「俺が何とかする!」

「瀬野さん…?」

瀬野は深い息を吐きながら髪をさっと整え、意を決したように真剣な表情になる。

「蒼太はまだ迷ってる。君の事を完全に諦めた訳じゃないんだ! よく考えろ?」

「えっ?!」

「何故今日君を仕事場に誘った?」

「何故って…。思い出を、作ろうと…?」

「違う! そうじゃない! 男が仕事場に女を連れ込む理由はただ一つ。格好いいところを見せたいからだ」

「桐島君が、私に?」

「そう! 見せたかったんだ。それってつまり、美沙ちゃんを諦めきれてないって事だろ?」

「え、でも…」

「大丈夫。考えは変わるもんさ。僕みたいにね」

その時の美沙は半信半疑だったかもしれない。そんな表情をしていた。だけど瀬野と別れる帰り際にはその表情は柔らかく、救われたような穏やかなものになっていた。
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