揺れて恋は美しく
早朝の玲美の自宅にて。相変わらず離れた距離での親子の朝食。父親は新聞越しにチラチラと玲美を見て、その視線を感じた玲美が父親を見ると父親は視線を反らす。
玲美は紅茶の入ったカップを飲んで置くと、父親に尋ねた。
「私の顔に何か?」
「あ、いや…。テレビ、見たぞ」
「あれは…」
「まだ、バンドやってるのか?」
「いけませんか?」
「そう言う訳では」
「何をしようと、私の勝手です」
「誰も、駄目だとは言っていない」
「私にはそう聞こえました」
父親は溜め息をついて、持っていた新聞を置くと真剣な表情をして話し始めた。
「相手方は、前向きに考えてくれてるそうだ」
「何の話しですか?」
「玲美。一度、会ってみてはくれないか?」
「お見合いはしないと、はっきり言ったはずですが」
「なにもそのまま直ぐに結婚しろとは言っていない。ただ、会ってからでも遅くはないだろ?」
「時間の無駄です」
そう言って玲美は立ち上がろうとするが、それを見た父親が直ぐ様話を続ける。
「お前の為を想っての事なんだ」
玲美は動きを止める事なく立ち上がり、父親に背中を向けて言う。
「そんなに私が邪魔ですか?」
「なにを言う!?」
「私が、本当の娘ではないから」
「玲美!!」
父親は咄嗟に立ち上がり怒鳴り声を上げるが、玲美はそれを無視するように部屋を出て行った事で、再び溜め息をついて椅子に座った。
「…玲美」
大きな猫の銅像。待ち合わせの目印として、銅像のソラは今日も皆を細い目で見守っている。
「やぁ。まさか君から連絡をくれるなんてな」
現れたのは瀬野。
「思い出したのよ」
待っていたのは真希。
「この前の事故の事。話し途中だったでしょ?」
「今さら?」
「仕方ないでしょ。すっかり忘れてたんだから」
「ハハハ。だがまぁ、また会えて嬉しいよ」
「はいはい」
「冷たいなぁ」
「はぁ…。そんな事より、どっか店に入らない?」
「そうだな。だけど例の話ならもういいよ」
「えっ? どうして?」
「取り敢えず、片はついたみたいなんだ。だからもう必要ないんだよ」
「そうなの?」
「せっかく思い出してくれたのに悪いね」
「なーんだ。もう全部分かっちゃってるんだ?」
「ああ。まぁね」
「ふーん。やっぱり、北条さんが狙いだったの?」
「北条? あの、北条玲美か?」
「うん。そうだけど」
「君の、違和感を感じたって言うのは…。彼女の事なのか?」
「彼女って言うか、北条さんが持っていた楽器よ」
「楽器?」
「私絶対音感持ってるんだけど、北条さんの音の中に一ヶ所だけ、変な音が混ざってたのよ」
そう語る真希に対して、野瀬は血相を変えて詰め寄る。
「彼女らの楽器は事前に用意されていたのか?」
「え、ええ。後から登場した助っ人の人以外は、事前にステージに用意されていたわ」
瀬野は真希から視線を外し、表情を険しくしてその場で考え込む。
「なに? 違ったの?」
「行こう」
「ちょっ、どこに?」
有無を言わさず瀬野は強引に真希の手を引いて歩き出す。
「うちのバーだ。あそこなら、安心して話せる」
「え? なに? 何なの?」
困惑する真希を無視して瀬野は突き進み、自分がオーナーのバーへと向かって行った。