ミッドナイトインバースデイ
October 27
時刻は、夜の8時15分だった。
指定されていた時刻よりも少し過ぎてしまったけれど、詰め込まれたスケジュールに調整に調整を重ねて、ようやく実現出来た早帰りだ。手に持った地図と、目の前に広がる洋館を見比べる。
そこは、現在勤めている出版社のオフィスからタクシーで20分走らせた場所にある洋館だ。とある有名な小説作品でも舞台になったという洋館は、その昔、名家暮野家の本邸として建てられた歴史的建造物らしい。そんな由緒ある建物ではあるものの、今では結婚式やパーティに貸し出しされているという。
夜20時、暮野邸でお待ちしております。
今からちょうど一ヶ月前だ。普段は敬語ひとつ満足に使えない可愛くも憎たらしい後輩から、そんな畏まった招待状を受け取って、香坂紫織はこうして洋館の前に立っている。
原稿チェックでここ暫くデスクにかじり付いていたせいで凝り固まった身体をぐるりとまわしてから、ゆっくりとドアを押した。
その瞬間――
「ハッピーバースデー、紫織先輩!29歳おめでとう~」
舌っ足らずな声と共に、盛大なクラッカー音と歓声に包まれた。パン、パン、と乾いた音が耳を打つ。驚いてぱちぱちと目を瞬かせれば、魔女のとんがり帽子を被った後輩の紗奈が、真っ赤なルージュの引かれた唇を嬉しそうに吊り上げた。
「紫織先輩、どうぞこちらへ」
紫織の頭に猫耳を取り付けて満足気の紗奈が、紫織の手を引いてフロアの真ん中へと案内をする。フランケンシュタイン、スケルトン、オオカミ男にミニスカートの魔女…、に扮した職場の同僚、後輩達だった。