ミッドナイトインバースデイ
あの誕生日パーティからどのくらい過ぎて、今が何時なのか、あっという間に分からなくなってしまった。紫織が初めてこの屋敷に足を踏み入れたとき、電話回線が繋がっていないと伝えられて随分驚いたものだけれど、何より時計もないと知ったときは愕然とした。
ハル曰く、"置く意味がないですから"とのことだ。人間のように限りある時間を年齢というものさしに当て嵌めて生きていくことをしない。考えれば当然のことだけれど、紫織には信じがたいことだ。眠たくなったらベッドに入り、ワインが飲みたくなったらボトルの栓を抜けばいい。時計がない生活には、すぐに慣れると微笑まれた。
ハル特製のホットレモネードを飲み干して、ぱたんと本を閉じる。古紙特有のにおいに口元を緩めた。読書に熱中していたお陰で固まってしまった身体をぐっと伸ばした。ベッドから起き上がり窓の外を覗けば、シノブがジョウロを手に薔薇の手入れをしているのが目に入った。
「シノブ」
後ろから声を掛ければ、驚いたように肩を跳ねさせた後、その美しいトパーズの瞳に紫織をうつした。不機嫌を隠すこともなく、眉間に皺を寄せている。好きなだけこの屋敷にいろといったくせに、彼は常にこの調子だ。理由は、わかっているのだけれど。
「…誰も、ハル君にちょっかい出そうだなんて思ってないわよ」
「はあ?何言ってるわけ。意味わかんねーし」
きっ、と紫織を睨みつけ、口を尖らす。お気に入りのオモチャをとられまいとする子供みたいだ。ぷっと吹き出して、近くにあった青銅のベンチに腰掛けた。そこに置かれている赤いギンガムチェックのナプキンがかけられたバスケットの中には、紅茶の入ったピッチャーに一口サイズに切られたフランスパン、それにジャムの小瓶がおさまっていた。どうやら、彼はこれから昼食のようだ。