ミッドナイトインバースデイ
「あの」
「き、きゃあっ……!」
驚いて背後を振り返れば、そこには見知らぬ少年が困ったように首を傾げて紫織を見つめている。闇に溶けるような漆黒の髪と、サファイアのような濃いブルーの瞳をしている。体型は男性にしては随分華奢であり、165センチある自分より少し高いくらいだ。こんな色彩を持った人を紫織は見たことがなかった。
「ハ、ハロー…?」
「…日本語出来ますよ。日本人なので」
「えっ、そうなの」
「はい。ここ、一応私有地なので、用がないなら出て行ってくださいね」
ぱちぱちと目を瞬かせている紫織を一瞥して、少年は手に持っていたブリキのジョウロを側に置き黒のスラックスから鋏を取り出す。近くに生えていた薔薇をぱちんぱちん、音をたてながら摘んでいく。片手一杯になると、そのまま紫織を無視して、館内へ戻ろうと背を向けた。
「あの、ちょっと、待って!」
「なんでしょう」
「ごめんなさい。あの、電話、借りられない?携帯が通じなくて」
「すみません。うち、電話回線通ってないんです」
「え…、う、嘘…!そしたら、あの、駅ってどっちの方角か分かりますか?ここまでタクシーで来たから、道がよく分からなくて」
少年は、驚いたように目を見開いて紫織を見つめる。
そして、薔薇を持たない右手で、ゆっくりと紫織の頬に触れた。その、あまりにも冷たい掌に、振り払うことはせずとも内心酷く驚いた。掌は、二度三度、紫織の頬を撫でた後、パーティ開始前に紗奈によってつけられていた頭上の猫耳に触れた。
「あなた……、まさか、人間ですか」
(……まさか?)
日本語、おかしくないか?
まさかも何も、人間以外の何者でもない。普段、文章を扱う職業柄、少年の言葉を脳内で反芻するも、それより他の意味は読めない。
少年は、落ち着かない様子できょろきょろと周囲を見回したあと、そっと紫織の手を取った。