レイプ

 隣の男から視線を外して、澪は運転席の男を観察しはじめた。
 男は濃い色のサングラスをかけ、ハンドルを握っている。

 やはり、どこか目的地があって向かっているというよりは、ただ慣れた道を走るだけという感じだった。

 制限速度を守るその運転は、激しい雨がフロントガラスに打ちつけていたが、滑らかなものだった。

 澪は背中からおろしたランドセルに乗った水滴に気づいて、制服のポケットからハンカチを出す。
 車の中に投げ入れられてから、邪魔になるランドセルは胸に抱き込んでいた。

 ハンカチで濡れたランドセルを丁寧に拭いていると、

「……そろそろ母親が父親に連絡し終えた頃か」

 隣に座る男がそう呟いて、澪の携帯電話を掴み、電源を入れた。

 先ほど澪が呼び出した母親の名前を覗き見ていたのだろう。
 彼は澪の母親の名を迷いなく選び、電話をかけはじめた。

 今度は呼び出し音を待たずに出た母親に、男は笑みを浮かべて澪を見る。

 ずいぶんと気を揉んで、誘拐犯からの電話がかかってくるのを待っていたのだとわかって、澪の表情も綻んだ。

「警察には連絡してないな?」

『してないわ! 澪は!? あの子をどうするつもりなの!?』

 男が話すと、澪の耳にも母の言葉が聞こえてきた。
 通話をスピーカーにしたらしい。

 母の動揺は本物だった。
 本気で澪の身を案じているから、真っ先に自分の現状を訊いてくる。

 澪はそれが嬉しかった。
 自分が娘として大切に思われてるとわかったから。

 男がちらりと澪を見おろす。
 再び目が合った。

 人差し指を唇に当てて、澪に喋らないように指図してくるので、こくりと頷く。

 男は無邪気に笑って、受話器の向こうにいる母に話しはじめた。
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