レイプ
「娘を返してほしければ、どうするのがいいかわかるかな、澪ちゃんのお母さん?」
『いくらほしいの?』
「あんたたち、共働きなんだって? ずいぶん貯めこんでるんじゃないのか? 娘は伝統ある名門校の初等科の生徒だし、話したところ頭もいい。警察に聴取されたら、車種やモンタージュ写真で特定されるかもしれない。そうなると俺としては困るんだよ」
男はあらかじめ考えていたように、つらつらと言葉を重ねていく。
『なにが言いたいの!?』
キンキンと響く母の声に、男は思わずといったように携帯電話を耳から引き剥がした。
苦笑混じりに再び口を開く。
「金を用意しろ。一億だ」
そう言って通話を切る。
母が口を挟む間もなく、切ったそれをシートに置いた。
澪は母へ要求する男の様子を、じっと見守っていたが、車の振動で滑ってきた携帯電話がコツンと制服のスカートに当たり、それを手にとる。
携帯電話の電源はやはり切れていて、男は雨に濡れた窓を見るともなく見ている。
彼の頭の中では今回の犯行計画が幾度も練られ、次になにをすればいいかシュミレーションされているのかもしれない。
現に誘拐犯はふたりなのに、彼らは計画を一切口にしない。
手順が頭の中にあるからなのだろう。
澪は携帯電話を握りしめて、男を見る。
「……わたし、言わないから大丈夫よ」
「ん?」
男が振り返る。
気負った様子もなく首を傾げる男を、澪はやはり怖く思わなかった。
「わたし、家に帰ってもあなたたちのこと話したりしない」
男は意外そうに目を瞬かせて、どうして? と問う。