レイプ
「わたし、お父さんとお母さんに放っておかれて寂しかった。……でも、お母さん、今の電話ですごく心配してくれてるのがわかったから。嬉しかったから……。帰ったら、ふたりともちゃんとわたしのこと見ていてくれるようになるかもしれないし、だから……」
澪は一生懸命に男に言葉を伝えようとする。
誘拐はいけないことだけど、この事態がこれまでの自分たちを変えてくれるのなら、澪にとってそれは喜ばしいことだ。
だから、澪は男たちと約束したいと思った。
彼らは欲しかったお金を手に入れて、澪は家族の絆を取り戻す。
一億という代償が、高いのか安いのか、澪にはわからなかったけれど。
もう一度、暖かな家庭を取り戻せるのなら、家を売ってもいいし、転校して普通の教育を受けてもいい。
澪が言葉を選びながらそう説明すると、男は黙り込んでしまった。
一方で、運転席から笑い声があがる。
「ずいぶんと情け深いお嬢ちゃんじゃねぇか。一億だぞ? 俺たちがまともに見たこともないような、そんな大金なんかよりも、家族が大事なんだってよ!」
「……いいんじゃないか? 多少は罪悪感も薄れる」
澪の言葉に同意しながらも、男はなぜか澪の視線から逃げるように顔を背けた。
「約束するから安心してね」
澪は男のほうへ身を乗り出して念を押す。
運転席の男が感心するように言った。
「おまえ、凄いな。車に乗って数十分で、もう手懐けてんじゃねぇか」
「よせよ、そういうんじゃない」
男はどこか不快そうに顔をしかめたあと、腕を組んで瞼を閉ざした。
会話を拒絶するその変わりようが不思議だったけれど、誘拐計画の邪魔をしてはいけないと、澪もおとなしく座ったまま、ハンカチを手に握ったままだったことを思いだして、ポケットにしまった。
雨によって視界の悪い、この車は運転席の男が決めていたのか、車の少ないサービスエリアに入っていった。