極上の他人
「え?輝さん、ど、どうして」
腕を引っ張られた反動で飛び込んだ輝さんの身体はとても温かかった。
どきりと気持ちは跳ねて、思わず逃げ出したくなるけれど、その温かさには逆らえない。
私が熱を出した時に抱きしめられた時と同じ安堵感が蘇ってくる。
「今日も史郁の夕食はちゃんと用意してるから、店に行こう」
私の髪を優しく梳く輝さんの言葉に、何度目かのため息を吐いた。
私の夕飯の準備はしなくてもいいって、ちゃんとメールで伝えたのに。
それを決心するのに、これから先10年分くらいの涙を流したというのに。
「私、もう行かないって、メール……」
たどたどしい声をあげたけれど。
「却下だ。認めるつもりはない」
「そんな……」
輝さんは、私を抱く力を強めて、ほっとしたように深呼吸する。
「これ以上輝さんに迷惑かけられないし、自分ひとりでもちゃんと生きていけるし……今までだってそうしてきたし、あ、誠吾兄ちゃんはいたけど」
「ひとりで生きていけるのと、ひとりで生きたいってのいうは、かなり違うだろ。な、史郁」
「それはそうですけど、私、大丈夫だし、夕食もちゃんと自分で作るし」
抱きしめられて動けない身体をどうにかよじって顔を上げた。
するとそこには、私を愛しげに見下ろす輝さんの瞳があった。
史郁、と呼び捨てにする唇に、どきりとする。