極上の他人
「んー。もう少しで決壊しそうだね。ふみちゃんが抱えている何かがこの辺りで緊張してる」
「緊張……」
「そ。ふみちゃんが我慢している何かが、もう勘弁してくれーって」
ふざけた口調で私に呟く亜実さんは、ちょうど空いていた隣の椅子に腰かけた。
既に終業時刻を過ぎ部署内に残る人もまばらで、私と亜実さんのやり取りに注意を払う人はいない。
そのせいか、私も亜実さんの言葉に素直に反応してしまった。
「勘弁、してほしいことは……ありますけど」
ぽつり。
思わずこぼれたのは私の本心に違いない。
亜実さんに言うべきことではないとわかっていたも、今言われたように、決壊ぎりぎりの心は少しずつ亀裂が入っているのかもしれない。
それでも、その亀裂を少しでも自分で修復しようと、あがいてみる。
「あ、大丈夫です。小さな頃から落ち込むことには慣れてますから」
ははっと口元だけで笑い、肩をすくめた。
そして、亜実さんが差し入れてくれたコーヒーを「いただきます」と言いながら一口飲んだ。
普段と変わらないブラックだけど、口の中に広がる苦味をいつも以上に強く感じた。