極上の他人
私の体を通り抜けていく風は、あの頃と同じ、さわさわと触れる過去からの音。
『ふみちゃん、ごはんできたよ』
と優しく声をかけてくれるばあちゃんの声。
『史郁の自転車に空気を入れておいたぞ』
と笑っているじいちゃんの声。
そして。
『学校に遅れそうなら駅まで車に乗っていくか?』
とあきれた声で苦笑する誠吾兄ちゃんの声。
今は聞くことのない大切な思い出が届けられるようだ。
両親に捨てられた私の気持ちを少しずつ立て直し、救ってくれた大切な家族との思い出の場所はもうないけれど、その時の優しい時間を思い出したくてここに立っている。
「んー。気持ちいい」
遠くに見える海の輝きに目を細めながら大きく息を吐いた。
そして、ここにはない桜の木の匂いを感じたような気がした。