極上の他人


私の体を通り抜けていく風は、あの頃と同じ、さわさわと触れる過去からの音。

『ふみちゃん、ごはんできたよ』

と優しく声をかけてくれるばあちゃんの声。

『史郁の自転車に空気を入れておいたぞ』

と笑っているじいちゃんの声。

そして。

『学校に遅れそうなら駅まで車に乗っていくか?』

とあきれた声で苦笑する誠吾兄ちゃんの声。

今は聞くことのない大切な思い出が届けられるようだ。

両親に捨てられた私の気持ちを少しずつ立て直し、救ってくれた大切な家族との思い出の場所はもうないけれど、その時の優しい時間を思い出したくてここに立っている。

「んー。気持ちいい」

遠くに見える海の輝きに目を細めながら大きく息を吐いた。

そして、ここにはない桜の木の匂いを感じたような気がした。

< 367 / 460 >

この作品をシェア

pagetop