極上の他人
私は、自分の言葉にしみじみと納得する亜実さんを見ながら、この人って何を基準に生きているんだろうか、と思わずにはいられない。
確かに仕事はかなりできる。
設計の世界ではかなり名前が知られた存在で、大きな賞も獲っているし才能に満ちているのに。
私生活はいつでもマイペース。
そのペースに他人を巻き込みながら、それに気付かないふりで大らかに生きている。
結婚し出産した後、一年の産休を経て復職して以降、公私ともにさらに幸せそうに見える彼女を羨む気持ちは大きい。
愛し愛される旦那様とかわいい娘さん。
仕事も順調だし、本当に無敵の女神様だ。
飄々とした笑顔からは、悩みなんて一つもないように見える。
小さな頃から悩んでばかりの私とは大違いだな。
「じゃ、今夜は残業禁止ね。輝くんのお店に行って、とにかく会っておいでよ。
輝くんね、自分のお店に来てくれるなら会ってもいいって言ってくれたのよ。
だから、お見合いなんて堅苦しく考えずにおいしいお酒を飲むつもりで行けばいいのよ。
これが輝くんのお店のショップカードだからね。料理もおいしいお店だから、気楽に夕食をごちそうしてもらってきなさい」
一息にそう言って大きく笑った亜実さんは、釣書の上に一枚のショップカードを置くと、まるで逃げるように背を向けこの場を離れて行った。
「あ、亜実さーん」
焦った私の声に振り返る事もなく、ひらひらと手を振ったまま、亜実さんは自分のデスクへと消えた。
そして、図ったかのようにばたばたと『部課長会議』へ逃げていった。
私はあっという間の成り行きに、どうしようかと小さくため息を吐いた。
机の上に広げられた写真に視線を落とすと。
確かに女性に人気があるだろうとわかる男前が、私を誘うように笑っていた。