インビジブル・ビート
「う、……へ?」
「ちょっときみは、これでも食べて黙ってなさい」
言われるがまま、わけもわからずわたしは半分も残っていないそれに口をつける。
(……あ、おいしい)
まだ少し温かさが残ってる。
ドーナツより、こっちの方が。
「えと、あの、りょーた、」
「しゃーべーるーなー」
ぐに、と頬をつねって引っ張ってくるりょーたの声は、どことなく楽しそうで。
ちらりと隣に目をやれば、案の定、彼はいらずらっ子のようにくすくすと笑っていた。
「彼氏とデート中に他の男の話ばっかするとか、いい度胸」
「で、デート中?」
「デートじゃん。コンビニデート」
……はたしてこれをデートと呼んでいいものか。
部活帰りにコンビニに寄っただけだし。しかも買ったのは安い肉まんとまずいドーナツだけ。
わたしの思うデートのイメージとは、ずいぶん程遠い……というか、それよりも。
「……わたしたちさあ、ちゃんとデートしたことないよね」
「土日は部活で潰れるから、しょうがねぇよ」
「お互いチャリ通だから、手を繋いだこともないし」
「手?」
こう?――りょーたは首を傾げながらおもむろにわたしの右手を掴んで、そのまま重なった手を膝の上でゆらゆらと揺らしてみせる。
不意打ちだった。