夕凪に映える月
「もう、アツったらあんなこと言って…。
あれじゃあミナトが可哀そうだわ。」
「風香(フウカ)さん。」
長くて黒い髪をたなびかせながら、呆れたように笑うカノジョの名前は坂口風香(サカグチフウカ)。
あっちゃんの…カノジョさんだ。
カレに対するこの想いが“仲のいいお兄ちゃん”に対してのモノではなく“恋”なのだと自覚したのは中学2年生の冬だった。
「ナギ、コレ俺の彼女の風香。」
ストーブの温かさが身に染みる我が家のリビングで、あっちゃんはニコニコ笑いながら風香さんを私に紹介した。
「美人だろー??
ずりーよ!アツ!!
坂口さんに憧れてる男がどれだけガッコの中にいると思ってんだ!!」
「ぶははは!!
悪いな、ミナト。」
長い黒髪が印象的で、はかなげだけど芯のある、誰が見ても美人さんな風香さん。
そんな彼女を見て、悲しくなった。
『ナギ、コレ俺の彼女の風香。』
そう言って幸せそうに笑うあっちゃんを見て、泣きたくなった。
楽しそうに笑う二人を見てると切なくなって、胸がギュウギュウ苦しくなって、わけもなく涙が出そうになってしまう。
「ご、ごめんね、あっちゃん。
私、宿題やるから部屋行くね…。」
そう言って逃げるようにリビングから逃げ出して、自分の部屋に避難した時
「ヤダ!!
なんで…なんで私じゃなくて、風香さんなの?!」
素直にそう思えた。
嫉妬…したんだ。
“カノジョ”という立場を得た、風香さんに。
当たり前のように彼の隣で笑う、幸せそうな風香さんに。
バカだよね??
私が恋に気づいた瞬間は、こんな間抜けな瞬間だった。
気づいた時点で失恋決定。
こんな失恋するなんて、バカすぎるにもほどがある。