夕凪に映える月
風香さんと何かあったのかもしれない。
泣きつかれて、別れるに別れられなくて⋯⋯私に申し訳なくて連絡できない⋯⋯とか??
熱病にうなされるように「私が好き」とか言ってみたけど、やっぱり会ってみたら“風香さんの方がいい”って思っちゃったのかもしれない。
悪い考えは、一つ浮かぶとその想像は自分の中でどんどん増殖していって、不安と疑いが心の奥を蝕んでいく。
あっちゃんを信じたいのに信じられないのは、心は常にうつろうものだ、と勘づいていたからだと思う。
人の気持ちは物差しじゃ、測れない。
理屈でなんて動かせない。
その時は「こうだ!」と思っていても、ふとした瞬間に考えはコロッと変わる。
そんな不確かで、移ろいやすいものが人の心だとわかっているから、空白の時間が怖くなる。
ーー早く連絡が来ますように。
その願いは部活の最中も、部活が終わっても叶うことはなく、家路に着いた最中も叶うことはなかった。
そして、気落ちしながら玄関の扉を開けて「ただいま」と小さな声で呟くと、リビングからバタバタと大きな足音が響き出して
「大変よ!凪紗!
篤弘くんが意識不明の重体なんですって!!!」
目を真っ赤に腫らしたママが、私の目の前に飛び出して来たのだった。