夕凪に映える月

修羅のような顔をした風香さん。穏やかで冷静な表情のお兄ちゃん。


相反する二人をボーゼンとしながら見つめていると


「凪紗。」


突然お兄ちゃんに声をかけられる。



驚いて視線を返すと



「ちょっと俺ら風に当たってくるわ。
そこ、任せたぞ?」




そう言って。
お兄ちゃんは風香さんの肩を抱きながら、ゆっくりとその場を後にした。




——ごめんなさい⋯⋯


去りゆく風香さんの背中を見ながら、私は心の底からそう思った。



『風香さんだっていい気しねぇだろ?』

『オマエの気持ちに気づいてないはずないだろうが。』



そう言った、こっちゃんの言葉を思い出す。


ホントだね、こっちゃん。
その通りだったよ。


思ってるだけなら害がなかったのかもしれない。ただ見てるだけなら、きっとそれでよかったんだ。


でも⋯⋯
結果的に私はあっちゃんを欲しいと思ってしまった。ズルいとわかっていたクセに、気づかないフリしてあっちゃんの誘いに乗った。


ううん。違うね。
自分がそうしたかったんだ。
あっちゃんに促されたからじゃなく、私がそうしたかったんだ。


風香さんから、あっちゃんを奪いたかった。


後ろ指さされても、陰でコソコソ言われても、恨まれても構わないと思った。


あっちゃんが⋯⋯手に入るのなら。



< 74 / 84 >

この作品をシェア

pagetop