夕凪に映える月


無機質な白いシーツに包まれて、声も上げず、目も開かず、ただ眠っている、あっちゃん。


目の前には欲しくて欲しくてたまらなかった、カレがいる。


「早く⋯⋯目を覚ましてよ。
約束したじゃない、海を見に行こう、って。そこから二人で始めよう、って⋯⋯。」


私と彼の間を阻む、分厚いガラスに手を当てて、祈る様にそう呟く。



いつもなら。いつもなら

「ごめんごめん。驚かせちゃったな。ゴメンな、ナギ。」

そんなカレの声が聞こえてくるのに、今日は彼は眠ったまんま、何も言葉を返してくれない。無機質な機械音がピッピッと響くだけ。




「あっちゃん。
そんな場所で寝てたってつまらないよ??
もうすぐ春が来て、夏が来て⋯⋯あっちゃんが大好きな季節が来るんだよ??夕焼けが綺麗で、風がない日には凪になって、あっちゃんの大好きな夕凪の海も見える。ねぇ、あっちゃん。そんなところで寝てたら、見れないよ??」



大好きだと言った、彼の海。
夕凪の時間が何より好きだといった、あっちゃん。

この風景が好きだから地元を離れたくない、と言ったあっちゃん。



「起きよう?あっちゃん。
あっちゃんにしてない話がいっぱいあるの。聞いてもらいたい話もいっぱいあるの。みんなあっちゃんがいないと悲しむよ??私も、お兄ちゃんも、風香さんも⋯⋯まだ話したりないコト、いっぱいあるよ??」




返事が来ないことはわかってた。
それでも私は話しかけずにはいられなくて、小さな声で彼に語りかける。


聞こえてないかもしれない。
こんなことしても、意味はないのかも知れない。


でもきっとあっちゃんは、心の耳で聞いてくれるんじゃないか⋯⋯って思ったんだ。



聞こえてなくても
見えてなくても
意識はなくても
きっと願いは伝わると思うから。


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