夕凪に映える月
無機質な冷たいガラスに手を当てながら、祈る様にあっちゃんに話しかけていると
「お父さん、中に入ってくれますか??」
淡い緑色の衣服に包まれた医師が、あっちゃんのお父さんをゆっくりとICUの中に引き入れる。
嫌な予感が体中を駆け巡る。
おじさんも何かを察したんだろう。ヨロヨロと立ち上がりながらも、何かを覚悟した瞳をしてICUの中に入って行った。
ガラスの中のICUではあっちゃんの隣で座っていたはずのおばさんも立ち上がっていて、おじさん、おばさんは先生に促されて3人でどこかに消えて行った。
きっと⋯⋯カンファレンス室であっちゃんの容体について、話があるんだと思う。
視界の中から消えていく、おばさん達。
目の前で眠り続ける、あっちゃん。
私はおばさん達を見送ると、あっちゃんに視線を戻して
「あっちゃん、ダメだよ?行っちゃダメ。一人で勝手にいなくなったら…許さないから。みんなあっちゃんに消えて欲しくないって思ってるんだからね?」
そう彼に語りかけた。
「夏の海は…もうすぐそこまで来てるんだから。」
言葉は聞こえなくても、きっと気持ちはどこかで繋がる。意識はなくても、祈りは届くと信じたい。
赤黒く腫れ上がった顔をして、苦しそうに眠っている、あっちゃん。
人工呼吸器のせいで不自然に上がり下がりする、彼の胸が……ひどく切ない。
いろんな管に繋がれて、いろんな機械に囲まれて、ピクリとも動かず、眠ったまんま何の反応も示さない、あっちゃん。
無機質な機械音だけが、彼が生きていることを告げている。
弱々しい線を描く心電図。そしてピッピッと彼の鼓動を示す音。
それだけが……
彼が生きている証のようで、聞いてるだで泣きたくなった。