夕凪に映える月
祈るように。願うように彼を見つめて、どれくらい時間が経ったのだろう。
おばさんとおじさんが、肩を抱き合いながらICUの中から出て来た。それと時を同じくして、お兄ちゃんと風香さんも、この場所に戻ってきた。
おばさんはハァと深いため息を吐いた後
「今夜が…山なんですって。」
決意したような声で、おばさんが呟く。
「どういうこと?おばさん。」
お兄ちゃんが尋ねると
「楽観視できる容体ではないらしいの。詳しいことは言えないけれど……今夜を越えられなきゃ、篤弘は危ないらしいわ。」
冷静に。でも瞳には大粒の涙を浮かべながら、おばさんは私たちにそう告げた。
誰も何も言えなかった。
泣くことも、叫ぶことすらできず、私たちは、まるで確認事項を聞くように、おばさんの言葉を聞いていた。
ーー頑張れ、あっちゃん。
バカで子どもな私は、そう願うことしか出来なかった。
長い夜。
その日は長い長い、夜だった。
誰も話さず、ソファーに座ったまま、私もお兄ちゃんも風香さんもおじさんもおばさんも、身動き一つしない。
パタパタと慌ただしい靴音に、無機質に流れる心電図の音。
そんな中、フッと窓の外を見ると、小さな三日月が揺れていた。
風は吹いていなかった。
窓の外から見える木々は、ただそこに優しく見守るように立っていた。枝一つ、葉っぱ一つ揺れることなく。
きっと……
海は凪いでいる。
深い藍色をした鏡のような水面に、この美しい三日月を映して、きっとキラキラ光ってる。
月と星を映して、きっと海は小さな宝石箱のように、幻想的に光っているに違いない。
あっちゃんが好きだと言った、凪の時間
。月を映した海が光る、凪の夜。
その夜。奇跡を信じた、凪の夜。
どんなに祈っても、どんなに願っても、あっちゃんがその瞼を開けることは一度もなかった。
一度も……なかった。