三十路で初恋、仕切り直します。

「法資のばか。へんたい」


泰菜の罵りにも、法資はやわらかく微笑む。


「だな。こんな時間までその変態に付き合ってくれてどうも。出勤何時だ」
「……いつも六時に起きて、七時前に出てく」

「少し休むか?」
「いい。今から寝たら起きられなくなるから」

「……悪かったな」


法資が素直に謝ってくるなんて珍しい。だからつられてつい素直に言ってしまった。


「いいの。……法資がいてくれて、こんなときに寝てなんかいられないし」

言ってから恥ずかしくなって、赤くなりそうな顔を見られたくなくて法資の胸に自分の顔を押し付ける。法資はいとおしそうに泰菜の背中を撫でながら、泰菜が顔を紅潮せずにはいられなくなるようなことをうれしそうに言ってきた。


「泰菜でも俺にそういう可愛げのあること言ってくれるんだな」









「ねえ、法資。いつシンガポールに戻るの?」


お風呂に点火しに行ってくれた法資が居間へ戻ってくると、目下いちばん気になることを訊いてみた。

浴室へ往復してくるだけでたやすく体温は奪われるようで、再び毛布に潜り込んできた法資の体はひんやりとしていた。法資は温めろとばかりに泰菜の体に絡み付いてくる。

「もうつめたいよ」

毛布の中で逃げようとすると、法資が背後から羽交い絞めにするように抱きついてくる。そうやってじゃれあってるだけで、胸がじわじわ温かくなってくる。


「おまえの体、痩せぎすでもデブでもなくて、ほんと丁度いい抱き心地だよな。……帰るのは今週末だ。来週の月曜から出勤だから」

今日はもう火曜日の朝だから、一緒にいられるのはどんなに長くても今日を含めてあと6日ほどだ。

「……そう」


泰菜の声のトーンが低くなったことに気付いて、法資が苦く笑う。


「いっそこのまますぐに向こうへ連れて行きたいけど、そうもいかないんだろ?」


冗談のような口調で法資が言う。でもその言葉の中にいくらかの本気を感じて、同じ思いを抱える泰菜はやるせない気持ちになってしまう。本当は「行ける」と言ってしまいたいのに、泰菜の口から出てきたのは半ば諦めたような言葉だった。


「……その場の勢いで一緒について行っちゃえるくらい、若ければよかったのに」
「そういうこと言うなよ。若いときのおまえと俺とじゃ、もっと拗れて多分こういう風にはなれなかった」

「そうかもしれないけど……」


仕事も家のこともすべてを投げ出して今すぐ好きな男についていくことが出来ない、自分の無駄に真面目な性格だとか、この身に染み込んだ社会人としての分別だとか、そんなものが今はひどく煩わしい。


「なんで泣くんだよ」


いつになくやさしく語りかけてくる法資に、余計に泣けてきてしまう。


「またすぐ年末に戻ってくるし、おまえが俺のところ来られる目処が立てばここまで迎えに来てやるよ」



それでも不安だったし、寂しかった。

嗚咽を漏らす泰菜に、法資は弱ったように泰菜の濡れた頬に触れてくる。



「いちいちホント、おまえにはへこまされるな。俺はそんなに信用出来ない男なのか」
「法資にじゃなくて……自信がない。離れていても平気でいられる、そういう自信、ないよ」

「おまえ、何急にそう可愛くなんだよ。……ったく」


心底弱りきった声で言うと、法資が何度も舌や指で触れた場所に再び吸い付いてきた。その不意打ちの行為に、泣いていたはずの泰菜も甘ったれた声を上げて背中を弓なりに反ってしまう。

拒むことも出来ずに法資からされることを受け入れていると、不意に法資が頭を振り払った。


「……おまえもうすぐ仕事だってのに」

悔いるように言いながらも、目の前にあるやわらかな体に法資は再び食らいつく。

「ああ、クソッ。このままだと俺確実に馬鹿になりそうだ」

そういって何かを堪えるようにぎゅっと泰菜の裸の体を抱き竦めた。





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